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普通の話

前回までグリムノーツの話をしていましたが、「普通」について考えましたので今回の記事にします。

以前の記事で父から「普通に生活しろ」と言われたと書きましたが、
自分はこれまでの人生で、色んな人から(間接的にも含めて)「変わってるね」と言われたことがあります。

父に言われたこともつまりは「お前は普通じゃない」と同義ですよね。
あのときはまさか親にまで言われることになろうとは思っていませんでした。


小さな頃は「変わってる=特別」という意味で優越感に浸れたこともありましたが、成長するにつれ「普通になりてえー!」と思うようになりました。
今はもうなんとも思っていませんけどね。

学校内で「変わってる」なんて思われたら、周りから浮いてる=いじめの引き金になるじゃないですか。
自分にいじめられた記憶はありませんが、中学に上がってすぐは(小学校での生活のせいもありますが)友人が少なく、寂しい思いをしました。
あれ、もしかしてこれいじめられてたのか……? だとしたらすごくいじめがいのない人間だったんじゃなかろうか。

大学までの学生生活で、校内にいる誰かしらから「変わってる」と言われ続けるのって、相当じゃありませんかね。ねえ?
「どこが変わってるんだよなんなんだよおおお」とすごく落ち込んで泣いたこともあります。泣き虫なので。


自分なりになんで自分は「普通」じゃないのかと考えたりもしましたが、いまだに「普通」が分かりません。
「普通」って難しいですよね。永遠のちゅうにだから分からんのだろうか。


まあ、今はもう学生でなくなったので、アホみたいないじめに遭うこともないだろうと「普通」への渇望はなくなりました。
なんとも思っていないのもそれが理由です。

自分の性格はもう直らないでしょうし、直す気もありませんし、こうなったら普通が裸足で逃げ出す人生を送ってやります。

社会人になり、最低限の礼儀と身だしなみと思いやりがあればなんとかなるんじゃね? と思うようになったのもあります。
だって自分が「この人変わってるなあ」と思う方もたくさんいらっしゃったんですよ!
「変わってる」と言われて悩み続けてきたのがアホみたいじゃないですかね!? アホや!


そもそも「人としてアウトだわーないわー」という点と、「この人普通じゃない……!」という点は別物だと考えていまして、
「ユーモアがあって面白い人だなあ(=この人変わってるなあ)」という印象はあっても、「いやーこの人無理だわー」と感じることとは別ですよね。
いや、別に芸人を目指しているわけではありませんが。


そもそも相手の言う「普通」にこちらがわざわざ合わせなくてよいと思うのですよ。

相手が結婚しているパートナーとなれば話は別でしょうけどね。
双方が納得行くまでなんやかんやとむにゃむにゃしてどうにかするべきです!

そうでないなら(自分は独身なのでそうでないもなにもありませんが)、合わせる必要はありません。
家庭を築いているわけでもないのになぜあなたに合わせる必要があるのか? あなたは自分の何なのか? と。


実感がこもってしまいましたが、「こうしたほうがいい、ああしたほうがいい」と言われても特に納得できないのであれば、そちらに合わせてこちらを変える必要はないってことです。

以上でっす。